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労働の政治

April 9, 2019
by Houston Small

カモノハシ協会

労働の政治
ロバート・ポリン、スタンリー・アロノヴィッツ、ジェソン・ライト

2013年9月20日、カモノハシ協会はマサチューセッツ大学アマースト校で開かれた「マルクス主義を再考する」大会の一つとして「労働の政治」というテーマの討論会を開催した。討論会ではカモノハシ協会のメンバーであるリード・コートラスが司会を務めた。パネリスト達には10個の質問と、フレドリック・ジェイムソン、ジョーン・ロビンソン、アンドレ・ゴルツによる挑発的な引用文からなる文章に答えることが求められた。これらの質問と引用文は、労働と失業という社会現象を把握し変革するという伝統的かつ現在進行形でもある左翼の試みは十分なものであったかについて考察するようにパネリスト達に求めた。

以下は討論会のディスカッションの編集されたバージョンである。討論会の全記録は以下のアドレスで聞くことができる。https://platypus1917.org/2013/09/20/the-politics-of-work-umass-amherst-9-20-13/

資本論は政治についての本ではなく、労働についての本でもない。それは失業についての本である。
-フレドリック・ジェイムソン『21世紀に、資本論をいかによむべきか?』

資本家に搾取されることの惨めさは、搾取されていないことの惨めに比べれば何でもない。
-ジョーン・ロビンソン

間違っているのは、労働、つまり他律的な、給料のための労働を本質的問題として維持し続けられるものと信じることである。しかしそれは間違っている。アメリカの専門家による予想によれば、20年以内に労働時間は余暇時間の半分以下になるだろうとのことである。左翼の課題は、労働の廃止という過程を形づけたり、促進したりすることであり、さらにそうしながら、一つの陣営に多くの失業者、そして他の陣営に労働貴族(aristocracy of labor)、そしてその間に週45時間かけて不愉快な仕事を行うプロレタリアートという分断を生み出さないことである。その代わりに、全ての人々の給料のための労働を大幅に短縮し、それゆえにより自律的な仕方で自由に活動できるようにしよう....今日では「共産主義」は本当に実現可能であり、現実的な提案である。というのも、機械化による給料のための労働の廃止は資本主義的合理性と市場経済を弱らせるからだ。
-アンドレ・ゴルツ

パネリストの発表

ロバート・ポリン(RP):今日はマルクス主義の大会なので、カール・マルクスについて話す事から始めたいと思う。今日初めて読んだが、このジェイムソンの引用がとても気に入った。「資本論は政治についての本ではなく、労働についての本でもない。それは失業についての本である」。この意見には深い真実があると思う。資本論第1巻25章は労働予備軍についてであり、私が知っている限り、社会的現象としての失業、資本主義を機能させるための膨大な失業に対する最初の真面目な分析であるが、第25章におけるマルクスの議論はこの章だけで語られているのではない。だから私はジェイムソンの引用が気に入った。この章は包括的理論としての労働価値説と剰余価値論に繋がっている。なぜなら、完全雇用経済(失業が存在しない)では、労働者階級はより多くの政治的力を持つ。当然ながらこのことはマルクスも説明した事である。労働者階級が政治的力を多く持ち、給料を交渉で上げる能力を持っている場合、資本家の剰余価値率は下がる。このことを資本の特権と剰余を労動者から搾取する事に対して根源的な挑戦をする事と考えることができる。マルクスは最初の偉大な失業の理論家であった。ジェイムソンが言うように資本論の全体が失業についてのものであるかどうかには議論があるが、しかしジェイムソンの意見は確かに重要であり、おそらく資本論の全体に対する最も深い洞察であるだろう。
もし偉大な失業の理論家を選ぶとすれば、まずマルクスであり、次は確実にケインズだろう。失業に関するケインズの観点は、とても簡単に要約すれば、これは資本主義の内部で解決できる問題であり、我々に必要なのは総需要およびウォールストリートの力と投機による投資過程の不安定性をコントロールする技術的手段を理解することである。これらをコントロールできれば、資本の最悪の過剰性を飼いならすことができ、公共投資を増やすことができ、そのようにして完全雇用というアイデアに基づいて資本主義を運営することができる。ケインズの理論は、失業は資本主義の根本的な仕組みであるというマルクスの理論に対する明らかな直接的挑戦である。
ケインズの次は、政治経済学においてこれまでに書かれた文章の中で最も優れた6ページである、ポーランドの社会主義者ミカエル・カレッキによって書かれたエッセイ「完全雇用の政治的側面」を見てみよう。私はカレッキの議論をマルクスとケインズの非常に創造的な統合と理解した。カレッキはケインズは正しい、我々はこれらのすべてをやることができる、つまり完全雇用を実施することができる、ケインズは素晴らしい、総需要の問題は資本主義を崩壊させるということを彼は発見したのだ、と述べている。だがカレッキはマルクスもまた正しく、資本主義は大量の失業者を必要としているとも述べている。もし大量失業がなければ、労働者が強すぎる力を持つようになり、そしてそうなれば...カレッキは実際のところ、剰余価値の搾取の議論よりも資本家が特権を失うという問題、つまり資本家は資本主義をコントロールすることができなくなり、労働者があまりにも強い自信を持つことになるーこれは資本には良くないことだーという問題の方に焦点を合わせるのだ。カレッキは資本主義の内部においてこの問題を解決できると述べている。そしてそれは我々が目にしているものだ。ーカレッキの文章が1944年に書かれたものであることを忘れてはならないーその解決方法とはファシズムである。カレッキはファシズムが問題を解決すると述べた。なぜならば、完全雇用を実現し、そして同時に労働者があまりにも強い力を獲得することを防ぐことができるからである。
これらの偉大な分析家たちの洞察は政治的実践に翻訳することができる。左翼の歴史において、過去50年から60年の期間にわたってこれらの問題群を最も創造的なやりかたで扱っているのは、ルドルフ・メイドナーとゴスタ・レンの仕事に基づいた北欧型社会民主主義である。ーあるいは私の師事した教授であるロバート・ヘリブロナーがそう呼ぶところの”それは実際のスウェーデンではないが、少しだけ理想化されたスウェーデン”:実際のスウェーデンがどのようなものであったかではなく、労働者階級によって指導される完全雇用マクロ経済政策の理念のことである。それはつまり、スウェーデンの労働者がそうであったように我々は強力な労働組合を持たなければならないということであり、労働組合が完全雇用という制度の実施のやり方を設定したのである。 スウェーデンの資本主義の下において完全雇用を継続可能にしたのは、組合がマクロ経済政策のコントロールを保つために、ある程度の賃金の制限を受け入れたからである。言い換えれば、完全雇用を保つために、組合はインフレーションと失業のトレードオフ関係などのマクロ経済政策に対する責任を取たのだ。つまり労働組合は政策の方向性を決めるものなのだとされた。もちろん、このことは強力な労働組合が存在しているかどうかにかかっている。サブサハラアフリカで国連と一緒に南アフリカ、ケニヤ、ガーナにきちんとした雇用を造りだし貧困をなくすプロジェクトに着手していた時、このようなフレームワークを私はとても気にかけていた。明らかにケニヤはスウェーデンやアメリカとは違うにもかかわらず、労働者階級にマクロ経済政策の主導権を握る権限を与えること(私見では、これはカレッキから投げかけられた問題への答えである)は、とても皆に力を与えるような概念であると思う。
その一方で、我々左翼の多くが認識しているよりも遥かに大きな問題であることを私は提起したいと思う。すなわちそれは、職場民主主義と生活共同組合である。私はもちろん職場民主主義と生活協同組合に反対しないが、左翼の多くはこの2つの試みが提起した困難について考えてこなかったと思う。たぶんこの問題に対する最も根本的な批判は、マサチューセッツ大学での私の同僚であるナンシー・フォーブレが提起したものだろう。彼女は”社交による独裁”の問題について言及している。職場民主主義があることは素晴らしいことだが、あらゆる会合に出席するような人によって運営されているような民主主義となってしまう。また別の言い方で彼女は、それは終わりのない一つの長い学生自治会の会合のような人生のビジョンであるとも言っていた。我々はこれらのことを真剣に考える必要があると思う。南アフリカでの私の経験はこのことを実感させた。私はアパルトヘイト後の南アフリカにおいて、労働者の協同組合と職場民主主義への手厚い援助を含む完全雇用をやるべき政策として提言したのだが、その場の聴衆にはこれまでに協同組合のメンバーとして活動してきた人々も何人か参加していた。彼らのうちの一人が立ち上がりこう発言した。「ふざけるな!どれだけ職場民主主義と協同組合の運動がひどいものであったか、そして我々をどれだけ後退させたか知っているのか?」彼もナンシーが提起した理由を言い連ねた。
我々は歴史の中の例をもっと真剣に受け取らなければならないと思う。最後に、これらの問題に対して発言するにあたって、今日において将来有望な試みついて話したい。ここに今朝のアソシエイテッド・プレスの朝刊がある。「これまでで最大の抵抗、ファストフードで働く労働者達はより高額の賃金を求めて全米規模の仕事の拒否を敢行」ファストフードで働く労働者達が1時間に15ドルの時給を求めてストライキを正に今行っているという、とても力強く、ポジティブな運動を我々は持っているのだ。

スタンリー・アロノヴィッツ(SA):完全雇用の要求は常に、現在の経済的そして政治的なシステムの継続を前提とする。我々のシステムにおいて、もし仕事を失うならば、ジョーン・ロビンソンによる観察が完全に正しいように、「資本家に搾取されることの惨めさは、搾取されていないことの惨めに比べれば何でもない。」ということになる。通常の場合は期間制限が強制的に設定されている失業給付制度を我々は持っているが、所得そのものが保証される政策を我々は持っていない。過去に実際に提起された政策の最後の例は1969年にニクソン大統領の国内政策アドバイザーであったダニエル・パトリック・モイニハンが提起した、年に1600ドルを全ての人に給付するというものであるが、当時の貧しい人々による運動は給付額が少なすぎることを理由に、この提案を拒否した。これは一人につき年に1600ドルの給付であって、1世帯につきではなかった。このときが、BIG(Basic Income Guarantee) という名の小さな団体内での対話を除いて、ベーシック・インカムについての対話を聞いた最後だった。そして私はその団体に参加しているが、あまり活発には活動していない。だが、ベーシック・インカムを主張することは長い期間にわたって現実的な見通しとして完全雇用を主張することと同じではない。私は社会主義者ではない。私はそのように言わなければならない。なぜならば、それは重要なことだからだ。私は社会民主主義者でもない。社会民主主義は既に終わっていると思う。いくらかの改良は可能だろうが、社会民主主義的スウェーデンは可能ではないと思う。1931年にスウェーデンで実施されたゼネラル・ストライキのおかげで福祉国家が作られた。今日において、もしアメリカでゼネラル・ストライキが起きたら、ギリシャでゼネラル・ストライキが起きた時とは違って、我々は次に何をしなければならないのかを考えなければならない現実に直面することになるだろう。
賃労働の廃止はマルクスの基本的な要求だった。マルクスはこのことを、直接に扱わなければ革命的な共産主義運動が成り立たないような、二つのうちの一つの要求だと考えていた。この時点における問題は、資本主義の下では賃労働は最悪であり、本当の賃労働をしたことがある人ならば誰でもこのことを知っている。私は10年間、製鉄工場で働いていた。私はこの10年の間に、労働者階級のほとんどの人が稼ぐお金よりも多くを稼いだ。だが、労働の状況それ自体は、私の制御できない経済状況(雇用主と市場の力によって制御されている経済状況)に左右されるようなものであった。私は約9年間の間に繰り返し失業した。仕事という概念は本当にひどい従属の形態であり、人々が仕事を欲する唯一の理由は、働かなければ飢えるからである。賃労働の廃止について言及するとき、それは「ユートピア的」要求となり、何のための闘争なのかを規定し始める。明日すぐに賃労働を廃止することが重要なのではないが、資本主義の廃止は賃労働の廃止を必要とするべきものなのだと、我々は理解する。
社会的闘争と階級闘争を形づけるべきである二つ目の要求は労働時間の短縮であり、それはなぜかと言えば資本主義の下での全ての仕事はクソであるからだ。私は大学教授だ。私は比較的ちょうど良い授業負担で済んでいる。だが沢山の学生を担当しており、これは問題である。もう一つの問題がある。あなたはそれはただ単にささいな問題だと思うかもしれない。私は成績というものを信じないが、教授として学生の成績を提出しなければならない。私にはニューヨーク市立大学という完全に腐敗している施設を運営する責任があるのだ。この大学は約40万人の学生と、1万6千人の教職員がいるだけの小さな施設だが、全ての学生が仕事が欲しいために授業に出席しており、そのため授業には人がいっぱいである。このような理由で学生が本当の教育を受ける機会はとても制限されている。つまり私が言っているのは、良い給料をもらい、比較的適正な授業量をこなしている私達のような人々でさえ、私たちの創造性を制限する官僚的制度に従わなければならないのだ。
賃金労働は創造性の死である。だからこそあなたはできる限りそれに抵抗したいのであり、戦い方の一つは労働時間の短縮のために戦うことである。違う理由のために短時間労働を求めることもできる。その理由の一つは、もし一人の労働者の労働時間を短縮するならば、雇用主が現状の下に存在しているよくない仕事をより多くの人々に与えなければならなくなるからである。だがもし短時間労働のために戦わないのであればー1938年以来、そのような戦いは起きていないのであるがー長時間労働とさらにひどい不安定性を招くことになる。もしウォールマートが医療給付を払うことを避けるために、労働者を30時間ではなくて28時間の労働時間で雇うのならば、28時間の労働をフルタイムの労働と見なすべきだ。
だが労働運動が力強かった時に起きたことは何だったろうか?力強い労働運動は1930年代の終わりから1940年代の中頃にかけて存在し、1960年代に少しだけ再び力を取り戻したが、力強い労働運動はテクノロジーの変化を促した。テクノロジーの変化の促進は仕事を減らす!テクノロジーとは任天堂のことではない。テクノロジーとは生きている労働の削除のことである。マルクスは我々にそのことを教えていた。それは「経済学批判要綱」の690ページから720ページにある。もしあなたがまだこの部分を読んでいないのならば、テクノロジーについて十分に理解することはできないだろう。
資本と国家による労働の組織化は、労働をますます不安定なものにし、それゆえ良い労働はだんだんと消えてきた。最終的に、もし良い労働が消滅し、雇用機会に未来が無くなった場合、我々には2つの選択肢がある。ひとつは国家を通して仕事を造りだすことである。もし、これが起きるならば幸せである。うまくいかないと思っているが、重要で良いことだろうとも思っている。(だが、それはインフラストラクチャーではない。もはや誰も道路では働かない。全て機械によってなされるからだ)他の重要な要求は、保証された所得のための要求でなければならない。仕事が十分に存在しないから人々に所得を与えなければならない。完全雇用のために働かなければならないのか?多分。しかし、賃労働の廃止のために闘争することは不可欠である。そうするための一つの手段は労働日の短縮のために闘争することである。他の手段は所得を保証することである。それはまだはるか遠いものである。なぜならば、左翼も労働運動もおおかた諦めたからだ。

ジェソン・ライト(JW):このような協議会では次のように主張するまでもないが、階級の政治と労働者階級の役割を考えることは労働者階級を崇拝の対象とすることではなく、労働者階級は生産手段と特別な関係を持つので、人類のための本当の解放をもたらす立場にある唯一の階級であると認識することであろう。もちろん、マルクス主義にとっては、人類史は階級闘争の歴史である。現在の階級社会としての資本主義において、中心的対立は生産手段を所有するブルジョアジーと資本家が得る利益を実際に作る労働階級の間にある。
皆が中間層であるという寓話はアメリカにおいて長く続いてきたので、現在のアメリカ人は階級闘争に基づいた観点をおかしいとみなすということを私は知っている。オキュパイ・ウォールストリートが一般的言説に復活させた一つの発想は、人口の非常に小さな割合が生産手段を所有することによって社会において非常に強力な立場を持つということである。今日において、オキュパイ・ウォールストリートのようなポピュリスト的運動がなぜそのような結論を導いたのかといえば、ウォール街が金ぴか時代以来存在していなかったやり方で、汚職、贈収賄、人口の大半に対する明白な軽蔑を示しているからだ。
現在の問題は、100年前にマルクス主義運動によって提起された問題と同じであるが、長期にわたってこれらを主流の言説に昇華させる色々な手段が存在していたし、これには歴史的根拠があると思う。他の国々と比べて、アメリカの歴史の中には階級意識があまり存在していない。つまり、労働者階級は自らの歴史的役割と生産手段との関係をあまり認識していない。たくさんの書き手がこの状態に対して様々な説明を提起てきたが、その中の主なものを言っておきたい。アメリカにおける奴隷制度と人種差別の遺産、および黒人と白人の労働者の間の分裂を利用する雇用者の能力。アメリカに移住する移民を搾取することと、組み立てラインで働いている労働者を分裂させるために外国人恐怖症を利用すること(しかし、 労働組合で一緒に協力することを拒絶してきた労働者が、作業現場における抑圧を体験して団結する例もある)。アメリカの歴史の初期と西部開拓の時代におけるヨーロッパ社会の雇用問題の安全弁としての役割。ヨーロッパと比べた際にアメリカには階級の流動性があること。
産業別組合がアメリカに到着したのは比較的遅い時期だが、到着した際それは大躍進を遂げた。そして世界大恐慌において比較的爆発的に現れたーー世界大恐慌の始まりではなく1934年ごろに現れた。労働運動は世界大恐慌によって衰弱させられたが、状況があまりにも悪化したので、ある種の抵抗が必要となった。1934年には重要なストライキが三つあったが、その全てがうわべだけの革命家によって指導されたと理解することは重要であろう。サンフランシスコにおける港湾ストライキはスターリン主義的共産党によって指導され、トレドにおけるオートライト企業に対するストライキは(その後にアメリカのトロツキズム運動に合併する)ムスティアィトによって指導され、ミネアポリスにおけるチームスターストライキはトロツキストによって指導された(1)。この三つのストライキが産業別組合会議(CIO)を創立するための道を開いたものだった。比較的短い時期に大衆的な労働運動の蜂起がおきていたが、それは主に第二次世界大戦の最初の頃にルーズベルト政権の政治に抑圧された。結局その抑圧はスターリン主義者と社会民主主義者のある種の協力とともに行われた。彼らは、NO・ストライキ契約と強制的組合仲裁(労働運動の官僚が労働組合承認と労働組合費の天引きを得るために認めた)のような政策によってアメリカにおける労働階級の闘争の独立性を第二次世界大戦への帝国主義的運動に従属させたのだ。
これに対する抵抗は存在した。ジョン・ルイスは、もちろん、よく知られているように、NO・ストライキ契約に抵抗した。ミネアポリスのチームスターは反対を強く主張し、1941年7月にルーズベルトは、ミネアポリスにおけるチームスターの組合と関係のある29名のトロツキストの指導者を逮捕した。彼らはNO・ストライキ誓約を支持し、スミス法に違反したと思われたからだ。その後から第二次世界大戦の最後まで労働運動は比較的静かだったが、1945年~1946年に900万人の労働者が参加する大規模なストライキの波が勃発した。トルーマンは、タフト=ハートリー法も含む反ストライキの法律でこのストライキの波に反応したが、我々は現在もタフト=ハートリー法の遺産と共にある。第二次世界大戦直後の時期にレッドパージ(マッカーシーの時期)が起こり、たくさんの戦闘的運動家が組合運動から取り除かれた。50年代に許された唯一の政治形態は本質的に官僚制による政治であった。
これは今日の労働運動の課題を提起する。最も本質的な必要性は、労働運動の官僚性における色々な派閥の間の闘争と、労働運動に蔓延している「二つの悪のうちでましな方」という考え方に反対し、労働運動に政治的意識を回復させるために闘争することであろう。起こさなければならないのは、今日の労働運動の中において、単純な賃上げのような問題の彼方にある政治的問題を提起できるような、労働組合運動内における綱領に基づいた集会を作ることであろう。ただ単に防衛策をとるふりをすることから、労働者階級の解放という必要性に実際に関わるものへと闘争を促進することが必要である。
我々の組織が(我々の限られた能力の範囲内において)これをするためのモデルとして利用するのは1940年のトロツキスト第四インターにおける創立趣旨であった『過渡的綱領』である。『過渡的綱領』は、組合と社会運動において取り上げられうると同時に、資本主義という根本的問題を提起し、労働者にとって革命的意識への掛け橋となる当座の要求を提起するものとしてトロツキーによって考えられていた。私が深く勉強してきた一つの例は1970年代と1980年代において当時の革命的スパルタクス・リーグによって行われたInternational Longshore Union(国際港湾労働者組合)における活動である。その綱領において、戦闘的港湾労働者は、雇用周旋所の防衛を目指す『過渡的綱領』の「30のための40」に影響され、6時間働き8時間の報酬を得るよう要求した。つまり、政府に頼らない労働者によるデモ行為を通して労働組合の状態と安全を守るために、労働者の団結を築き上げるために、差し止め命令を破ることも含めて雇用主と政府によるストライキの粉砕に抵抗するために、労働組合は仕事の割り当てと、船からの荷下ろし作業を行う場所のコントロールをするのだ。彼らは反ファシズムの要求を提起し、それは労働組合の人口の大多数を占めている黒人とラテン系アメリカ人の労働者たちへの架け橋となること、および資本主義下において労働者が直面する抑圧への認識を高めることをも意味している。彼らは労働者階級による国際的活動と、民主党と共和党からの分裂を呼びかけた。
この集会がかつてのような形では存在しなくなってから20年ほどが経っているにもかかわらず、この集会の遺産である70年代と80年代の活動を体験した戦闘的労働者の多くは、アメリカに輸入されている南アフリカの商品に反対する1984年の活動(Hot-Cargoing)、イラク戦争に反対する西海岸における一日の船組合ストライキ、ムミア・アブ・ジャマルの自由を要求して、西海岸の海港を閉じた一日の行為のような活動に参加した。
ある意味で、我々はこの不景気において世界大恐慌と同様の時期にいる。というのも、労働状況は悪化し、皆はより長い時間をより少ないお金のために働いき、失業は長期に渡って継続してきたので、労働者はただこのような状態では生きられないから抵抗し始めている。ファスト・フードのストライキに見られるように、労働者の底辺でこの現象は起こっている。もしこの時点で完全に官僚化されておらず腐敗していない組合運動が存在していたとしたら、そのような運動は低賃金の労働者と連絡し、組織することにもっと努力するであろう。それは、意識のあるマルクス主義者が労働組合運動の中に果たすべき役割であろう。

各発表へのパネリストによる応答

RP:私のラベルを知らないが、「理想化された」スウェーデンが好きだと言ったので、私は社会民主主義者であるかのように聞こえるであろう。ファストフード・ストライキはインスピレーションを与える。ストライキをやっている人々は生きていくために必要な賃金の問題を提起している。もちろん、そのような闘争は、労働時間の短縮や保証されている収入のための闘争ではないが、結果的には労働時間の短縮の問題に取り組んでいると言える。なぜなら、時給が$7.25ではなく$15だったら、70時間も働かなくても済むからだ。
労働運動にとてもポジティブなことが起こっていると思う。看護師の労働組合はアメリカの中で最も創造的で、戦闘的かつ劇的な組合だ。その理由の一つは、看護師特有の問題を提起するが、それから要求を拡大していくからだ。彼らの綱領は皆のためのメディケアー単一支払者制度ーを含む。単一支払者制度の保険があれば、仕事のない人も保険をもらえる。つまりアメリカに住むから保険を与えられる。ニ番目に、看護師の組合は先頭に立っていわゆる「ロビン・フッド」税(2)、つまりウォール街に対する税金を要求している。これは革命的な要求ではないが、ウォール街の特権への積極的な挑戦である。その上に、看護師が挑戦しているのは面白い。ボストン・ヘラルドの社説によると「これは不条理なんだ!看護師?看護師は金融市場をどう管理すべきかについてウォール街に言いつける権利なんてない!」。看護師は金融市場の管理についてウォール街の金融王に言いつけるべきなんだ!今の時点においては限られているが、他の良い活動はある。それは、労働運動の運動家は環境運動と合併しているということである。(環境を守ることは雇用の機会を創出することと根本的かつ必然的に矛盾するという考え方はありふれているが、この新しい現象はその考え方に反対しているのだ。)このような活動は現れ始めている。最後に、このような活動はオキュパイ・ウォール街の精神をとらえていると思う。この運動をOWSと比べるならば、これらはOWSより良いと私はみなしている。これらはまさに特定の要求を提起しているからだ。個人的な意見だが、結局OWSを消散させたのは、はっきりとした要求が存在しなかったことである。

SA:フレドリック・ジェイムソンは『資本論』が失業を中心的問題とする本と主張するが、私はこれがどういう意味なのかを説明しよう。そのことについてまだフレッドと話していないが、我々は何年も前にSocial Textというジャーナルを一緒に作った。私と彼はまだ親しい友人であり、『資本論』に対してフレッドが考えていることを私は知っていると思う。『資本論』の最も重要な箇所の一つはマルクスが相対的剰余価値の生産に触れる箇所である。相対的剰余価値とは、商品一つ一つの利潤率が下がりながら、機械は労働の生産性をあげたり、それと同時に生産の量を増加したりするという資本主義の生産過程である。もしあなたがマルクスのように、資本主義的生産を長期にわたるものとして考えるならば、表面的には経済的成長があるにもかかわらず、物質的商品を生産する過程における労働の役割は減少することを発見するだろう。一つの例を取り上げよう。私は自動車工場で働いていた時に労働者は手で部品を自動車に入れるのに対して、今はロボットは実際に色々な課題を組み合わせることによって一人の労働者は過去の7人か8人の労働ができた仕事量をできるようになった。過去に鉄業には60万の労働者がいたが、今は10万ぐらいがいる。これは15パーセントなんだ。織物作業においても今の労働者数は過去の15パーセントしか残っていない。この傾向は他の産業にも見られる。
資本主義は、大衆的失業の問題を起こさないために、いわゆる「サービス産業」に雇用を移す。この産業の労働者は非常に搾取され、賃金は非常に低い。皆はこの話を知っていると思う。そのため、ファストフードの労働者とウォールマートの労働者は今活動している。重要なのは、もし彼らは自分を組織し始めるならーー彼らは本当にそうしているし、それは正しい行動だと思うがーー資本家は小売の過程に機械化を導入し、そうすることによって労働をなくすということだ。機械化は、高い賃金と組合化がもたらす損失を取り戻す資本の手段の一つである。我々はいつもより高い賃金とより良い労働環境のための組合の闘争と資本の反動の間にいる。それが階級闘争であり、資本の反動はいつも労働をなくすことである。
したがって、労働は次の質問を問いなければならない。「働く必要性はあるのか。もしあるなら、今のような長い時間に働くべきなのか。ある特定の年齢に至る場合、働くべきなのか。65歳か70歳ではなく、55歳の定年退職を設定するべきなのか」。保証されている給料があれば、このような失業は問題とならない。労働はますます社会的現象として重要になっていると同時にますます不必要にもなっているという条件についてマルクスは『資本論』の第1巻、第3巻、および『経済学批判要綱』で語っているのだ。これはの主張の意味なんだ。この現象は資本主義の歴史の矛盾的要素と言えよう。

JW:「マルクス主義を再考する」と呼ぶ大会では、失業は資本主義社会に蔓延しているし、色々な産業に移すことができる労働予備軍、賃金を低くすることを可能とする労働予備軍を作るから資本主義にとって必要な仕組みであると皆が賛成していると私は当然のように思っている。前に触れた1934年のミネアポリズにおけるチームスターのストライキの時に、戦闘的運動家は、失業している労働者を支持活動を労働組合の活動の一つにし、失業者支援という要求のための支持を強くした。それに加えて、戦闘的運動家は、失業者がチームスターたちの組織しているピケを支持するよう努力していた。なぜこれをしたのかといえば、ストライキの指導者の大部分がマルクス主義的意識を持つトロツキストだったからだけではなく、大恐慌の状況のもとで経営者にとって失業している人々にストライキをスト破りにすることは簡単だからだ。戦闘的運動家は失業者の擁護者であることによって、自分が失業者の側にいると示した。現在の労働運動において実際の経験がある人ならば、多くの組合官僚制のもとにおける日々のアポロッチと昔のアポロッチの間の距離にはかなり大きいな溝があると知っているであろう。過去20年間いくつかの組合に参加してきたが、失業の問題に関心がある場合には、リベラルなイデオロギーの一部である一般的福祉への関心であり、根本的に社会を再組織するという観点からの関心ではない。
単なる経済的闘争を超えた何かから意識が生起する。戦闘的観点はその意識から根本的に到来する。レーニンの明察は、労働階級以外から労働者階級に意識を持って来ることであり、階級闘争において指導できる革命的組織、前衛党の必要性を認識することである。労働組合運動を再活性化するために、その中において本当の指導を作るために、革命的観点から問題を提起するために、資本主義の廃止を要求することは労働者の利益にあると示すために、労働組合運動に対して政治的意識を注入することが必要である。重要なのは、より良い協定、より高い賃金ではなく社会を変革することである。生産手段を動かせる者は生産手段を所有すべきである。
誰もこれには驚かないだろうが、北ヨーロッパの国々が規範や解決を示しているとは思わない。彼らは、資本主義の悲惨な問題を鈍化した形態で提供する。この形態においては、資本主義の根本的搾取と疎外は残る。賃金のための労働はまだ必要である。労働は搾取であり、労働者以外の人々は搾取された利益を得る。福祉国家は労働者を最小限のレベルの上に維持させるために十分に力強いだけであるが、経済危機が起こるとき、この制度は労働者に利点を与えることができなくなるのは不可避である。それは、アメリカの世紀の衰退から引き出される教訓である。第二次世界大戦後の再建と産業の膨大な普及の時期にアメリカはとても豊かだったが、それに比べて今日のアメリカはそうではない。

質疑応答

Q:ポリン先生、前に触れた労働と環境の同盟についてもっと話していただけない?

RP:この問題の背景にはトレードオフがあると思われている。トレードオフというのは、環境問題を解決するために、環境を汚染するような企業活動を減らさなければならないという考えである。だからホワイトカラーなどの特権的は人々は環境問題に関心があるが、特権を持っていない労働者は関心がないと言われる。キーストーン・パイプラインやフラッキングをめぐる闘争はこれに由来している。しかし、私の過去数年間の研究はこのトレードオフは存在しないと示している。単純な理由があり、それはグリーン・エコノミー(ノ・カーボン・エコノミー)を作ることは膨大な産業政策のプロジェクトとなるからだ。たくさんの仕事を生み出すことになるだろう。もしグリーン・エコノミーを導入すれば、軍隊に100万ドルを支出するごとの二倍の仕事を生み出すことができる。
グリーン・エコノミーを促進するための同盟がある。一つはブルー・グリーン同盟と呼ばれ、7つ・8つの組合と5つ・6つの環境団体を含む(書面上では)膨大な組織である。他は、持続可能性のための労働ネットワークであり、労働運動あるいは環境運動に参加している個人が参加するものである。しかしその個人は自分が属している団体を代表せずそのネットワークに参加することができる。ルーズな組織であるため、一方では、影響力のある有名な団体ではないが、他方では、皆が批判している官僚的障害はなく問題を深く探求できる場でもある。これらはとてもポジティブな傾向だと思う。
歴史的な意義のあることだが(短い時期に限られたが)、オバマの2009年の景気刺激策は、いろいろな欠点があったにもかかわらず、新しい仕事を作るために900億ドルの投資を含んだ。アメリカの歴史の中では、グリーン・エコノミーを導入することは労働者にとって良いことであるという発想が存在していたが、オバマが他の誰かより真面目にその重要性を認めた。私と他の人々はこの政策における多くの側面を批判することができるが、グリーン・エコノミーのためにそのようにお金を注ぎ込むことは重要な一歩であった。

SA:60年代の公民権運動の時には、公民権に対する指導大会があり、例えばNAACP(全米黒人地位向上協会)も含む、組合のほとんど全てが参加した。NAACP 以外にSNCC(学生非暴力調整委員会)とCORE(人種平等会議)も参加したが、彼らはマーティン・ルーサー・キングとモンゴメリー運動が1955年にやったように、実効されている隔離政策の法律に従わないだけだった。しかし、指導大会の立場はこのような直接行動に反対であり、NAACP・SCLC(南部キリスト教指導者会議)とSNCC・COREの間の闘争は激しかった。NAACPとSCLCは法的枠組み内の活動と政府の政策のみが変化をもたらせると思った。直接行動に賛成した人々は個人として直接に行動をとって隔離政策の法律を破らないなら、道に迷うと言った。実際に、64年~65年の投票権法と公民権法を扱っていた指導大会を重要視していた人々は、ある意味で、直接行動運動から利益を受け、その運動の使節となった。指導のレベルでブルー・グリーン同盟を組むことは全然問題ではないが、直接行動と環境のための闘争がないといけない…例えば、アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)はキーストーンを支持していると公表した。知っているだろう?

RP:いいえ、知らなかった。

SA:三ヶ月前に支持を公表した!しかも、ブルー・グリーン同盟に参加している全米鉄鋼組合はAFL-CIOにも参加しており、この問題について何も言わなかった。もしオバマはキーストーンを公認するなら、(おそらく公認するが)、その問題の解決は人々がキーストーンへの道に沿って座り込みを始めることであろう。しかしオバマは多分公認しないだろうと思う。公認しないでほしい。解決するために、大衆的行動は必要であり、1934年ミネアポリスとサンフランシスコのゼネストは大衆的行動を中心にした。ちなみに、ライトさん、一つのストライキを忘れたよ。社会民主主義者によって指導された1934年全国織物ストライキだった。それは社会民主主義者ではなく、ルーズベルトによって裏切られた。明確に重要な点は、ブルー・グリーン同盟は「下」に起こり、その後に大衆的行動が起こる。組合自体は実際にこの闘争を促進することができない。

Q:ジェソンのように、私はIBTの支持者であるから、革命的社会主義者である。ロバート・ポリンが発表した「少し理想化された」スウェーデン・モデルの問題は、このような制度は資本家が利益を得られる限り保つが、資本家が利益を得られなくなったら、すぐに福祉制度を解体し始める。それは実際に起こった。あらゆるディスカッションに出てくるスウェーデン規範は、実際にもう死んでいる。先に死んだときは2008年~9年の不景気が始まったごろだった。スウェーデンにいったい何が起こったと思う?資本家は自分たちの利潤が消えるのをそばに立って見ていたと思う?いいえ、そうはしなかった。彼らは、労働者との社会相互提携をやめ、急に失業が出てきたし、賃金は削減された。根拠に基づいて言うが、スウェーデン・モデルは死んだ。というのも、スウェーデン・モデルが隠そうとしている資本主義の根本的な矛盾は単に消えるわけではないからだ。本主義がうまくいくという幻想は危険だ。各世代はそれぞれの世代の中で資本主義がうまくいっていたかのように見えた時期を取り上げることができる。

Q:組合の官僚の問題を照らして、どんな解決があるだろう?組合においてポジティブな変革が起こったことあるだろうか?

JW:組合は本質的には初期段階の赤軍であるべきだと思う。労働階級の戦闘的組織であるべきだ。今日にはアメリカにおける組合はどんなものであろうか?職場の権利を一定のレベル以上にむしばまれないように、そして可能なときには賃金が上がるように働く特殊利益団体であり、ロビー団体であるといえよう。私は過去15年間公共部門の組合に参加してきた。実際に新聞に掲載される労働運動をめぐる議論は、こういうことになりがちだ。つまり、非常に搾取されている労働者は、組合の専従が皆の税金から高い給料をもらっていることに対して文句を言うといったものとなる。この労働者は、民営部門における組合が少ないため、組合の存在をあまり認識していなく、組合と公共部門を同一視している。そして、民主党と共和党の政治家はこの労働者の意見に賛成し、緊縮予算を促進する。組合の官僚は、民主党の政治家が当選するよう政治活動委員会と関わることによって、普通の組合員を疎外する。普通の組合員の参加度は、組合が攻撃されているときにもかかわらず、非常に低い。組合において綱領のために働く政治的介入が必要であると思う。成功するモデルを取り上げることより、成功しないモデルを指摘することの方が簡単だと思うけど。

Q:組合において綱領のために働くというのは何を意味するだろうか?

JW: 我々はある綱領に基づいて候補者を立てる委員会を作ることを主張する。例えば、差し止め命令を破る意思がある、あるいは現在ニューヨークに存在するような公共部門のストライキを禁止する法律を破る意思があると明確に書かれている綱領である。自らの組合を訴える民主主義同盟を目指すチームスター(Teamsters for a Democratic Union TDU)を忘れてはいけない 。我々はそれをあまり良くない例だと思う。組合が腐敗しているとしても、労働運動内の問題を解決するように国家の干渉を求めることは労働運動を強めることにはならない。労働運動は自らを清めなければならない。組合内の普通の組合員と組合外の政治的味方が一緒に闘争しないといけない。組合の財政を検査するよう司法長官に呼びかけることは解決とはならない。まだ組織化されていない労働者の組織化が労働運動を強めるものとなりうる。

SA:アメリカの労働組合における組合員運動はとても悲しい歴史がある。最良の例は民主主義同盟を目指すチームスター(Teamsters for a Democratic Union TDU)である。なぜならば、彼らは、チームスター組合において反主流派の会長と全然急進的ではない指導者と同盟を組んで組合の権力を獲得したからだ。権力を獲得した時に、アメリカの歴史において、1946年のゼネスト以来の最良のストライキを行い、それはユナイテッド・パーセル・ストライキであった。しかし、道に迷い、指導を失った。ロン・キャリーと彼の支持者は法律に従わないでお金を集め、まだ組合の会長であったジェムズ・P・ホッファに反対するキャンペーンを行なった。このストライキと似ている労働組合運動は存在していた。それは、組合において権力を獲得しているが、まだ法律によって制限されていた。
これは一般組合員による運動の問題の中心であろう。タフト=ハートリー法、および全国労働関係法は、労働者が作業現場において直接行動を取ることを制限し、労働契約が終わるときにしかストライキを認めない反組合の法律である。アメリカの労働運動において、タフト=ハートリー法と全国労働関係法に対する重要な挑戦は全く存在していない。これは左翼と自称する者からの挑戦も含む。正当にもジェーソンが反対の主張をするような「生計に関わる問題」に取り組むために権力の獲得を目指すキャンペーンをTDUは行なった。TDUの政治は根本的な変革を目指していない。私は委員会を作ることを支持するが、問題なのは、この条件のもとで権力を獲得する委員会を作ることは自滅的戦略であるということだ。ジェーソンが主張するように、労働者の教育を続け、作業現場での地位を獲得し、綱領のために闘争するアジテーショングループを作ればいいであろう。
世界産業労働組合(IWW)を覚えているであろうか?IWWは労働契約にサインしなかった。ストライキをし、要求が満たされてからストライキを終わらせた。いつでもストライキをする権利を有していた。私は24年間を労働運動の中で過ごした。スウェーデンの話をしていないが、アメリカにおいて契約にサインするような組合がある場合、全くコントロールできないある制限が存在している。その問題は、権力を時期尚早に獲得することの危険性を示す。もし状況が整っているならば権力を獲得することに問題はない。現在のような状況においては、委員会は権力を獲得しない方が良いという意味である。

RP: 私はスウェーデンを好ましい最終的目標として主張してはいなかったし、「少し理想化された」スウェーデンに触れたとき、国民健康保険、教育の機会、短い労働時間、完全雇用に対する義務などのような社会民主主義的モデルの要素を考えていた。スウェーデンは、このようなことを完全に実施したわけではないが、その国の重要課題であった。この制度が2008年の時点までに完全に崩壊したかどうかには議論があると思うが、完全に崩壊したと主張したとしても、私の主張はまだ正しいと思う。つまり、スウェーデンの制度は資本主義の下で1930年から2008年まで存在した。それは良くないものであったわけではない。資本主義の下で施設が永遠に持続するとは誰も期待していない。
私の根本的な主張はスウェーデンあるいは他のモデルについてではない。左翼である我々はAからBまで達成することについて真面目に考えなければならない。これはつまらない問題ではない。我々は仕事なしの社会あるいはベーシックインカムを想像できるし、私はその要求を支持する。私の南アフリカにおけるマクロ経済政策の仕事について言及した。そのとき私はベーシックインカム政策を支持したが、非現実的であると他の左翼の人々によって強く反対された。これは、「ここ」から「そこ」へ移動するという課題の例の一つである。この課題には歴史的条件がついているし、「ここ」から「そこ」へと移動することに挑戦すると、資本主義による条件や束縛を感じ、将来の活動を形づける政治的教育を受けることになると言えよう。しかし、スウェーデン的モデルは我々に教訓を与えないし、資本主義の完全なる敗北を目指さなければならないと主張しなければ、「ここ」から「そこ」へと移動するという課題への十分な認識にはならないと思う。
最後の主張は赤軍に対してです。赤軍が重要だということに賛成です。しかし、赤軍も直接の要求を提起しないといけない。単に「資本主義の完全なる廃絶」を主張して勝てるわけではない。まず、それが何を意味するのかが分からない。資本主義を終わらせた際に、何を導入すればよいのか?社会主義とはいったい何なのであろうか?

Q: あなたは「失業すると、餓死する」と言って労働者の従属ーー賃労働という現象ーーを描写した。しかし、他の束縛もある。それは、もし失業すると借金を返済できないということである。消費者の借金は甚だしく増加しているから労働者の従属の性質は変化している。たくさんの労働者が借金を返済するために副業まで探しているような状況がある一方で、労働時間の削減という要求についてどう考えた方がいいであろうか?

SA:カリフォルニア州リッチモンド市ではグリーン党の候補者を市長に選んだ。リッチモンド市は脱工業化が起こった労働者の街だったので、抵当物受戻権喪失がたくさん発生した。改革が必要だろうか?抵当物受戻権喪失に対してどうすればいいのか?市長が提起し、市会議が可決した企画案は「土地収容権」を行使することによって抵当流れの物件を獲得し、そこに住んでいる人々をそこに永住させ、銀行が物件を獲得できないようにすることである。銀行は気が狂っている。銀行の反発は明らかに強い。この労働者階級の街において進歩的組合と市長がいて、他方には銀行と巨大な企業がある。この対立の結果はまだわからない。
もし単に法律的な闘争を行うだけなら負ける可能性がある。その場合彼らはただ、市が土地収容権を行使することは違法ではないという判断を目指すであろう。しかし、この法解釈が下級裁判所によって可決されたとしても、上級裁判所によって否決されるならば、人々を自分の家から追い出す試みが起こるであろう。その場合に、その人々を強制退去させないよう、玄関を妨げなければならない。このようなことは30年代と60年代に実際に起こった。ニューヨークで起きた家賃不払い運動である。64年~65年の冬のある時期に40000件の家が家賃不払い運動に参加した。政治的想像力と直接行動を組み合わせる戦略は、ただ単に法律に対して最も官僚的な解釈を行うのではなく、むしろ大衆的行動に照らして法を解釈するのだ。

JW: 国家に関する点が重要であると思う。マルクス主義の偉大な明察の一つは国家が中立ではなく、むしろ支配的階級がコントロールを保つ抑圧の手段であるということだ。比較的豊かな国において国家は、資本家の利潤が保たれている限りで大いに民主主義を許しながら支配するし、労働者にある譲歩をすることによって体制をスムーズに運営できるならば譲歩をする。今後数ヶ月のうちにブルームバーグではなくデブラシオが市長となるであろう。なぜなら、ニューヨークに住んでいる1%は、都市における生活の質が少しでも改善するならば、改良を目指している市長を選ぶ意志があるからだ。彼ら1%はビル・デブラシオが彼らの財産を収用するなどとは心配していない。

RP:私は『もっと借金をする:アメリカの家庭における金融状況の変化』というモノグラフを書いた。1990年にこの本を書いたとき、借金は過剰な消費によってもたらされたー人々は単にものをより多く買いたかったーというのが通説だった。しかし私の研究は、借金には分岐したパターンがあることを示した。お金持ちはウォール街で投機するためにお金を借りていた。中間層には借金返済の問題が発生しなかった。人口の40%である下部層は停滞した賃金水準に反応してお金を借りていた。1973年以来賃金は値上げしていないのだ!人々は生活の水準を保つためにお金をもっと借り、より長い時間で働いていた。家庭の借金の増加は、新自由主義と新自由主義が代表するような労働者階級への攻撃と不可欠な関係にある。

1チームスターというのはトラック運転者のことである。

2ロービン・フッドは中世のイギリスにおいて仲間と一緒に貴族や聖職者の富を奪い,悪政に苦しんでいる貧しい民衆を助ける義賊であった。

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